遠い遠い昔、人は言葉を手にいれた。人は言葉でコミュニケーションをとる。人との繋がり、関係をつくるもの。
人類で最初に言葉を手に入れた人は、どんな言葉を口にしたのだろう。どう発音して、どんな意味を持っていたのだろう。
それが"I love you."ならとても素敵なのにな。
言葉は他の動物にはなくて人間にあるもの。ある人はそれをさも素晴らしいことのように言うけれど、俺は100%そうとは思わない。
動物みたいにもっと、フィーリングだけで相手とわかり合えたらいいのに。
感じて感じて、本能で伝えあう、それって素敵だとおもうんだけどな。
君のことが好きだって、言葉にしなくても、伝え合えたら、とても素敵。でももし君がそうじゃないなら…それは考えないでおこう!
分かり合うのってとても難しい。気持ちを伝えるのだって、言葉にするのだってとても難しい。
いつだって何だって捻くれた受け止め方をする君にだったらなおさら、俺の気持ちをわかってもらうのは難しい。
俺の「好き」は、君の脳内で大どんでん返しを経て「嫌い」って意味に変換されちゃうんだ。
あああああ面倒くさい!何だって俺はこんな面倒くさい人を好きになってしまったんだろう!
「今から世界会議を始める」
ざわざわとしていた会議室が静まりかえった。うーん、かつての大英帝国様様、まださすがに威厳あるよね。
今日は世界会議、といっても今回は俺が議長国じゃなくて、この目の前のビシッとスーツを着こなした、
立派な眉毛を持つ彼、アーサー・カークランドが今回の議長だ。
紹介が遅れたけど、今まさに目の前で会議を仕切っている彼、アーサーが、俺の兄だった人でそして今は俺の片思いの相手。
あ、まだ片思いってだけで、いつかは両思いに絶対なってみせるから、そこんとこ忘れちゃだめなんだぞ!
最近は世界も落ち着いてきて、以前ほど会議の回数も多くはないし今回だって数年ぶりの開催だ。
だからなのか何なのか、彼、アーサーはやたらと張り切っている、ように見えるのは気のせいじゃないはずだ。
だって、彼が用意したこの資料の量!何だいこれ!本当に1人分かい!?ハンバーガー何個分の厚さだい!?
彼は武力とか力よりも外交とかどちらかといえば頭脳派で、得意の三枚舌なんかでその手に世界を握っていた時代もあったほどで。
今だって、かつてほど世界に影響力はないにしても、世界の主要国のひとつであることは変わらない。
大海原を暴れまわっていた時代と比べて今はおとなしいから元ヤンとか老大国なんて呼ばれてたりする、けど、
彼の顔はどう見ても23歳には見えない。下手したら俺より年下に見えるんじゃないか?
そういえば菊なんかも実はすごい年齢(いくつなのかは教えてくれない)ならしいけど、うーん。人って見かけによらないよな。
アーサーが手元の資料の内容を読み上げて、トントンと机で分厚い紙を整える。
「以上がこの議題の資料だが、何か質問のあるやつは手を挙げろ」
アーサーの言葉に挙手もせず真っ先に発言したのは長髪で髭でなんだか背景に薔薇が似合いそうな男、フランシスだ。
「とりあえずお兄さんはお前の意見にはんた~い」
「まだ俺の意見も何も言ってないだろバカァ!!」
もうなんだって全く、毎回飽きもせずに同じ喧嘩をしてるんだろうこの2人は。
俺が生まれるずーーっと前からずっとこんな感じらしい。恒例行事ってやつ?
でも、仲良くみえてちょっと嫉妬する。ちょ~~っとだけ嫉妬した。から、机に手を突いて席から立ち上がっておもいっきり大きい声で俺は言った。
「まぁ2人とも、落ち着くんだぞ!それより!俺のBigでNiceなアイデアを聞いてくれないかい!」
「却下」「嫌だね」
即答で拒否された。
Boooと口をとがらせて一旦席に座り直すと、隣の菊がくすくすと笑っている。
菊は気が許せる友人の一人で、頼んだら結構何でもやってくれるし、年上だから甘えてしまっている部分も大きいけど、
嫌な顔しつつも結局俺の頼みを聞き入れてくれる、そのかわり、美少女ゲームなんかを高い値段で買わされたりするけどね…、
まぁとにかくいい友人だ。
「お若いというのはいいものですね」
確かに菊から見たらアーサーもフランシスも年下で、もちろん俺もなんだけど、見た目はどうみても菊より俺のほうが年上だよな。
「そういう君はいくつなんだい?」
「年齢…ですか?はて、昔のことなどとうに忘れてしまいましたね」
またはぐらかされた。くそっ!いつか聞き出してやるんだからなっ!
「…それで、何か進展はあったんですか?」
「え」
「またまた、しらばっくれるおつもりですか?」
「え、何が、だい?唐突に」
菊ってばいきなり何を言い出すんだろう。ここのところ俺んちの経済もほどほどに立ちなおしてるし、菊のところにもそりゃ
迷惑はかけたけど、そんなしらばっくれるなんてこと、してないんだぞ!ちゃんと謝ったじゃないか!謝った、と、思う!
俺んちのことじゃないとしたら、アルフレッド・Fジョーンズ、俺個人のことなのかい?
俺個人のことにしたって別に隠してることなんて、ないこともないけど、でもそれを菊に言われる筋合いなんてないんだぞ!
菊だって年齢を教えてくれないじゃないか。人だって国だって、隠し事のひとつやふたつはあるもんさ!
それが悲しいけど、処世術ってもんだよ。言わなきゃいけないこともあれば、言わないほうがいいことだってあるのさ。
俺だったらそう、例えば、俺が、彼のことを好きなこと、とか。絶対に人に言えないけど。…ん?
…もしかして、そのことがバレた!?いやいや、そんなまさか。俺の考えすぎだよな。だよな!?
手が汗ばんで、笑おうとしてるのに口元がヒクヒクする。汗が滲んできた。
菊は察しが良くて、だからこそいろいろと助けてもらってる部分もあるんだけど、それは!あくまでも!国の話であって!
「アーサーさんとのこと、」
Oh!!!!!ジーザス!!!!!!!
オーバーに反応しすぎてガンッ!!と机に思いっ切り膝を打った。痛い痛い!!テキサスもずれちゃったよ!もう!
ジンジンする膝を擦りながらテキサスを直して視線をあげると、アーサーと目が合った。
「なんだアルフレッド、何か言いたいことでも」
アーサーがキッとこっちを睨む。
「いや…今のところ、君への反対意見しかないから大丈夫だぞ!」
「…じゃあ先ほどの意見だが、」
何か言い返されるかと思ったら無視された。酷いぞ。ちょっと傷つくんだぞ。泣いちゃうぞ。俺だって案外ナイーブなところもあるんだから!
「菊のせいで怒られたじゃないか!」
「実にすみません」
言いながらも菊はクスクス笑っている。
「年寄りが、若い者に口を出したがるのは悪い癖です」
そんな童顔で年寄りだなんて言われても全然ピンと来ないよ。なんでこう、年齢と顔がそぐわないのかな。国民性?
確かに菊んちの人はうちと比べたら若く見えるしな。そういうのが反映されてるのかい?君の見た目は。
「なんだってそんなこと、いきなり言い出すんだい」
「アーサーさん、なんだか今日は機嫌がよろしいみたいですから」
そうかな、言われてみればそうかもしれないけど、確かにいつもより眉間にシワも寄ってないし、うーん。いや、待てよ。
「じゃあ俺は、機嫌がいいのにさっき無視されたってことかい!?」
「それがツンデレというものですよハァハァ」
菊はなんだか鼻息を荒くしながら言った。なんだろう、こういうのをHENTAIって言うのかい?
ツンデレってよくわからないな。意味自体は前に菊に教えてもらったけど。
愛してるなら愛してる、嫌いなら嫌い、はっきり言えばいいのに。そうじゃないと伝わらないよ。
せっかく言論の自由が許されているのにそれを活用しないだなんて、自由の中の不自由?
人は不自由の中に安心感を得ると言うけれど、それなのかな?
言わないと伝わらないし、言っても伝わらないし、ほんと面倒くさいよね、人って。
まぁかく言う俺も、彼に向かって好きとか愛してるだなんて言ったこともないし、言えないんだけど。
言ったら彼はどんな反応をするんだろう。きっと今日はエイプリルフールじゃねぇぞとか言われてはぐらかされるに決まってる。
そうなったら俺だって彼につっかかってしまうだろうし、告白を受け取ってもらえなくて多少なり傷つく。俺だって傷つくんだぞアーサー!
俺はできるだけ平常心を保とうとして、資料の向こうに置いているコーヒーに手を伸ばす。
ここはそう、クールに、ポーカーフェイスを装うんだ。ヒーローが動揺するとか、似合わないからね。
「で、なんで君は、俺が彼のことを好きだって知ってるんだい」
「そうだったんですか、そんなこと今初めて聞きましたが」
ジーーーーーザス!!!!!!!
次は資料にコーヒーをぶちまけた。白い紙に黒茶色が広がっていく。あああああどうするんだいこれ!使い物にならないじゃないか!
アーサーにばれたらまたこっぴどく叱られるに決まってる!
「まぁあなたからその言葉を聞かなくても、あなたたちを見ていたらわかりますけどね」
にっこり笑う菊の笑顔が眩しすぎて涙が出そうだった。
幼い頃、自国に帰る彼の背中を追うには大西洋はあまりに広かった。
お前はまだ小さいから危ない、大きくなったら一緒にいろんな所へ行こう。世界はまだまだ広い。
そう言って俺の頭を撫でる君の手は冷たくて、でもなんだか温かくて、潮の匂いと微かに薔薇の香りがした。
小さい頃の俺は君に追い付きたくて早く大きくなりたくて、それは尊敬や憧れでもあったり、でもそうじゃない気持ちもあった…のかな?
今思うとあった気もしないこともないけど。まあとにかく、俺は君に追い付きたくて、追い付きたくて、いつの間にか体は君を追い越していた。
君と同じ高さから世界が見れる、君と対等になれる、そう胸を高鳴らせたけれど、君は俺を弟としか見ていなかった。
どんなに体が大きくなっても、君にとって俺は小さい小さい子供でしかなかった。君から独立することを決めた理由のひとつ。
君と対等に、ひとつの国として、人として、君の隣にいたかった。
独立して、やっと君と対等になったと、君に近づけたと思っていた俺を待っていたのは、遠い遠い君との見えない距離だった。
手を伸ばせば届く距離だと思ってたそれは、広い大西洋なんかめじゃないくらい遥か遥か、ただひたすらに遠かった。
気がつけば会議はもう終わっていた。内容…もあんまり覚えてないなぁ。何だったけ?低燃費?エコロジー?そういうのあんまり興味ないし。
今回はびっくりするくらい発言しなかったなぁー。不名誉な新記録樹立。
正直、自分がリーダーじゃないときってやる気出ないんだよね、パワーダウン。だからこんなこと考えちゃう余裕もあるんだよね。
昔のことを考えると余計にパワーダウンしちゃう。
昔話をフランシスとかにニヤニヤ話す君の顔とか、その後に絶対ポロポロと泣き出すところとか思い出すと、余計に。
君は、君のことが大好きな昔の俺が好きなんだ。君の心を埋めている、俺の亡霊。だから悲しくなる。腹が立つ。
ねぇ、ちゃんと見てよ。今の俺を見てよ。君のことが好きで好きでたまらない、今の俺を見てよ!
「じゃ、私はこれで」
菊がニヤニヤしながら会議室を出て行って、なんでだろうと思ってあたりを見回すと、部屋に残っていたのは俺と、彼だけだった。
この広い広い会議室で、俺とアーサー、ふたりきり。何だい、この、魅力的なシチュエーションは。
アーサーはせっせと机の上の書類を片付けている。
そんなの、他の人に任せればいいのに。律儀な人だなぁまったく。君のそういうとこ、嫌いじゃないぞ。
下を向いているとよくわかる長い睫毛、ボサボサしてる髪とか、書類を持つ白くて冷たそうな手。
動いていたら暑いのだろうか、君はネクタイを緩めて、その仕草がなんだか色っぽくて、思わず唾を飲み込んだ。
心なしか顔も赤い気がする。それが、俺とふたりきりだからって理由だったら、素敵なのにな。
そうやって会議の書類を片付ける彼を、ぼーっと見ていたら、ふいに目があって、だけど慌てたようにすぐ目線を逸らされてしまった。
俺が会議室に残ってることなんか滅多にないから、本当は気になってるくせに。聞きたいくせに。
何で残ってるんだって、暇なら手伝えって、言いたいはずなんだ。
だけど君は、俺から素っ気無い返事が来ると思い込んでいる。俺は君のことが嫌いだって、君は思ってるからね。
俺が君のことを考えて眠れない夜を過ごしているだなんて、君はこれっぽっちも考えちゃいないんだ!
俺が君に愛の告白をしたところで、今日はエイプリルフールじゃねぇぞとか言われてはぐらかされて、それで終わりだって、わかっちゃいるけど。
ああっ!くそっ!腹が立ってきた!ちょっとくらい君は俺の愛を知るべきだ!そうは思わないかい!?
俺はこんなにも君のことが好きなのに、君は俺に嫌われてると思い込んで落ち込んで、そんなのおかしい!不平等だ!
そんなの許さない!だって俺は、自由と平等を愛する、アルフレッド・F・ジョーンズだぞ!
「なぁ、アーサー」
「なんだ、アルフレッド」
「君のこと、好きだよ」
「…はぁ?」
「愛してる」
「………」
…嗚呼、アルフレッド、10秒前のアルフレッド、どうして君はそう、突拍子もない行動をしてしまったんだい!!!!
愛の告白ってもっとこうムードとか、いろいろ考えるべきなんじゃないのかい!
あああああ昨日SF映画じゃなくてラブコメディーでも見ておけばよかった!
俺は恐る恐る彼の方に顔を向ける。君はどんな顔をしているだろう、きっと、何言ってんだこいつ、みたいな苦い顔をしているんだろうな。
だけど、俺が見た彼は、顔を下に向けたまま、固まっていた。
今日はエイプリルフールじゃないって言われて、カレンダーくらい持ってるよって俺が答えて。あれ?そういうはずだったのに。
あれ?こんな反応、俺の脳内シュミレーションでは無かったぞ?あれ?
俺は椅子から立ち上がって、彼に近づいた。コツコツと足音が広い会議室に響く。
俺が近づいてもやっぱり彼は動かない。下を向いたまま何も言わない。
書類を掴もうとしたまま止まっている君の右手をそっと握って顔を覗きこんだ。
君は真っ赤な顔で綺麗なグリーンの瞳に涙を浮かべて、指を震わせて、握った手はあの頃のように冷たくて、
あれ?あれあれ?違う、思ってたのと、想像していた反応と違うぞ。なんで?なんで?
こういうのを何て言うんだろう、菊は何て言ってたかな?青天の、霹靂?
グリーンの瞳から溢れた涙がポタポタと白い紙の束に落ちて、広がる。灰色の跡を残していく。ポタポタ。
想定外の出来事に、空っぽの頭で思う。ああ、きっと今ロンドンは雨なんだろうな。
嬉しかったのか、悲しかったのか、君はなんで泣いているの?ちゃんと言って欲しいな、ちゃんと聞かせて欲しいな。
フィーリングなんかに任せられないんだ。ちゃんと君の口から、君の声で、言葉で、言ってほしいんだ。
言ってくれないとわかんないよ。わからないんだ。俺は君のこと、抱きしめてもいいのかい?ちゃんと俺の愛は伝わったかい?
テキサスの向こうが滲む。嗚呼、泣きたい。俺のほうが泣きたいよ。君のこと泣かせたかったわけじゃないのにな。
力の抜けたアーサーの左手から、回収していた書類がバサッと床に散らばった。紙に合わせて文字の羅列が逆さまを向く。
何だろうこの気持ち、嗚呼、地球がひっくり返った気分だ。
そんな感じのまだ片思い中アル→アサ
実は2人の気持ちは微妙にすれ違っていて、アーサーが機嫌良かったのも、最後に泣いているのも理由があるんですが・・・というわけでアーサーサイドの話に続く。
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